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感想〜coupé〜

こんにちは、テルです。

今回のテーマは車/ドライブとのこと。


車もドライブも比較的好きですから、ラフに書こうかとも思いましたが、あまりおもしろくもない駄文になりそうなので、同じくおもしろくもない普段通りの文体と内容に固執しようと思います。



車の形態の一つにクーペというものがある。調べると明確な定義のあるものではないようだが、一般に2ドア(で概ね二人乗り)の車を指すことが多いようだ。


この語だが、元はフランス語で「切られた」という意味の形容詞“coupé”から来ている。


それがいずれ、後ろ側を“切り落とした”ような形状の2人乗り4輪馬車を指すようになったらしい。


僕の記憶が正しければ、coupéという言葉に初めて触れたのは、トルストイの『アンナ・カレーニナ』を読んだときのことだったろうと思う。


帝政ロシア時代に書かれたこの小説中の移動手段はもっぱら馬車であって、様々なシーンでこれが舞台装置になっている。


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絢爛豪華な馬車は貴族社会の一種の象徴だったのだろう。政府高官の妻として社交界に出入りするアンナにしても、彼女とやがて惹かれ合う若き貴族ヴロンスキーにしても、行き来する二人をつなぐものは馬車という舞台装置であり、いずれ物語は、1頭立ての軽装馬車からcoupéへと疾走する。


時折覗くトルストイの説教くさい顔がどうにも気に食わないが、よくできた小説であるには違いなく、学生時代には好んで何度か手に取った。


だのにこのcoupéについてはっきりと思い出せぬのは、当時の僕にとって、この舞台中で踊る役者のうち、アンナとヴロンスキーにはまるで興味を抱かなかったからだ。


この小説には別の馬車が走っている。いや、アンナが襲歩ならばこちらは常歩なのであって、走っているといえば誤謬だろう。


畢竟脇道を恐ろしくつまらない足取りで行くこの男が僕は好きだった。

他者への奉仕と神への献身を説いたトルストイ的説教にはやや辟易するが、そこに辿り着くまでのこの男の足取りだけは、人生上の一哲学として十分に信頼に足るように思えたからだ。


レービンは社交界を捨て、自らの領地である農村へと赴く。彼を動かす舞台装置はcoupéではなく、wagonだ。それも随分と雑多な者達を載せ、またあるいはニワトリやら燕麦やらとも座を共にしただろうか。


アフリカのことわざにこういう言葉があるそうだ。

「早く行きたければ一人で行け、遠くへ行きたければみんなで行け」


頼りない私は、頼れる仲間たちとともに常歩で、wagonで行こうと思う。



 
 
 

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