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執筆者の写真【事務局長】岡田 光輝

演者の才

昨今はアニメ映画全盛の感があって、役者の才というものに触れる機会はめっきり減ったように思う。


といっても、単なる消費者でしかない自分にとっては、舞台だのそういうものには縁がないから、こんなことを言うのも笑談に過ぎない。


ただやはり、「鬼気迫る」という言葉が「演技」に係るように、時に役者というものはその自己すらを超越して、その役に憑依し得るわけだが、そういう作品に向き合う感動は、映画を見る醍醐味の一つではあるまいかと私は思う。


「日本のいちばん長い日」は、近年のリメーク版もよくできていたと思うが、1967年の岡本喜八版はなお良い。

終戦間近の日本において、政府と軍の狭間で葛藤する阿南惟幾陸軍大臣を演じたのは、既にこの時スターの名を欲しいままにしていた三船敏郎だった。


性格温厚であって、上下双方から信の厚かった阿南陸相だったが、時局既に決し、聖断が下る中、あくまで本土決戦を望み、クーデターすらを目論む将校らから翻意を迫られると、こう一喝したとされる。


「君等が反抗したいなら先ず阿南を斬ってからやれ、俺の目の黒い間は、一切の妄動は許さん。」

「御聖断は下ったのである。不服の者は自分(阿南)の屍を超えていけ。」


映画では多少言い回しは異なるのだが、往時の緊迫した情勢のレアリテを感じる、ほとんど怪演といっていいほどのものでそれは再現されている。


阿南陸相にせよ三船にせよ、もう記述された歴史を追うしか彼らを知るの法はないのであるが、それらを見るに、この二人は随分違った人間であったようにも見える。にも関わらずのあの名演は、三船自身従軍を経験しているとはいえ、はて時代がそうさせるものなのか、あるいは三船という才がゆえのものなのか知れぬが、まさに役者たるとはこういうものかと、誰もが分かったようなことを言いたくなる、そんな感動を我々をして感じせしめる。


同じく三船の名演が光る「七人の侍」も良い。黒澤明監督による1954年の映画で、既記の「日本のいちばん長い日」よりなお古いわけだが、そのストーリーは勿論、役者達の名演もまたちっとも色褪せたるところはない。


三船演じる菊千代は、農民出身の武士(というよりもある種野党に近い)であって、陸軍大臣とは似ても似つかぬ役どころである。序盤には、天衣無縫の豪快な、それでいていい加減な男として描かれるこの菊千代だが、ストーリーが進むにつれ、自らの出自である農民たちの思いを理解し、軋轢の生じた武士たちとの間を取り持ったり、農民のために泥臭く奮戦する様が描かれる。この世界的名画の神髄には、黒澤明の映画監督としての才のみならず、三船をはじめとする演者たちの才が充溢している。同じく主演を務めた志村喬に至っては、NYタイムズをして、「世界一の名優」とまで題されたほどであった。


だらだらと趣味を開陳してきたわけだが、畢竟言いたいのは、この演ずるということについてである。

役者は自らの境遇の如何に関わらず、その台本中の人物そのものと一体にならねばならぬ。


憑依という言葉を何度か使ったが、まさにそういう心境にならねば、「名演」とはならぬのであって、このことは我々一般人をして感に堪えぬものがあるわけだが、それがすかさずこの役者という職業の特殊性を語るかといえば、決してそうではあるまいと私は思う。


我々が、他者と何事かについて関わりを持つとき、我々は果たして、「私」のみであるだろうか。「心が通じ合う」という状態について、我々はその常識でもってよく知るところであろうが、はてそういう心境に至るとき、我々は、「私」でもあり、また「他者」でもあり得るのではあるまいかと思うのである。


何かを探究するに必要な態度もまた、私はこの演ずるとか、憑依するとかというものに近しいものではないかと思う。その対象が本当に「わかる」ということの意味は、私がその対象とのっぴきならない関係を取り結ぶということであって、自と他の合一すらを指すといえば、言葉が過ぎるだろうか。


兎も角も、そこには大変な共感と想像力とを要するに違いあるまい。黒澤映画の名優たちは、すでに世を去って久しいわけだが、もし叶うならばそのアティテュードがいかなるものであったかについて、聞いてみたいものである。


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